建築工学科
中西 伸介
教員紹介
研究紹介
中西 伸介NAKANISHI Shinsuke
工学部 建築工学科 准教授
身近な環境の“ノイズ”を除去し、
静けさに満ちた、心から落ち着ける空間を実現。
PROLOGUE
「さあ、今からオンライン授業だ」「オンラインで仕事の打ち合わせだ」とモニタの前に座ったのはいいけど、どうも声が聞き取りづらい…。気分転換に動画配信を見ても、音が悪くて入りこめない…なんてことはありませんか? マイクを通して音を発信する際、響きの悪い場所だとノイズが混ざってしまい、相手にはっきりした声が届かなくなってしまうのです。オンライン環境でなく、普通に暮らしていても、部屋に響く雑音や騒音は気になってしまうもの。そこで中西先生は、ノイズの少ない快適な暮らしを実現する吸音ツールを研究しています。
フローリング住宅では、無駄なノイズが発生しやすい。
テレワークの普及により、自宅からオンラインで会議や授業に参加するケースが頻繁になりました。YouTuberなど、自宅から動画配信する人も増えています。この時に大事になるのが、明瞭な音の発信です。フローリングが一般的な日本の集合住宅は、特に吸音力不足と言われます。室内空間で発生した音が無駄に響き、ノイズとなって邪魔してしまうのです。
例えば、学校の⾳楽室のような場所なら、無数の孔を開けた「孔あき板」が壁や天井に貼ってあります。孔あき板が吸⾳材として働くため、ノイズに邪魔されることは少なくなるでしょう。ただし一般的な孔あき板は、厚さが400〜500mm程度になります。自宅にこの厚さを貼れるほどスペースに余裕がある人は、多くないはず。できたとしても、莫大なリフォーム費用がかかってしまいます。
そこまで大掛かりな工事ではなく、誰にでも簡単にできる方法で、騒音・ノイズの除去ができないか、と考えました。
厚さ10〜15mmで、効果的・選択的に邪魔な音を除去できる。
吸音材には大きく(1)多孔質・繊維系材料(2)共鳴器型(3)振動型の3タイプがあります。コストやサイズ、あるいはノイズを選択的に除去できるという利点から、私は(2)に着目しています。
写真左上を⾒てください。これは、私が取り組む共鳴器型の吸音材で、1辺100〜150mm程度の正方形タイル表面に1辺1.8mmの正方形の空いています。ただしよくある孔あき板と異なり、厚さは10〜15mmしかありません。
実は、吸音のために必要な経路をクネクネと曲げて、10mm程度の厚さの中に折りたたんだのです。折れ曲がるストローは90度くらい曲がりますが、あれをもっと急角度に、何度も折り曲げたもの、と思ってもらえばいいでしょう。
折り曲げた経路を伸ばすと、長さ約40mmと、一般的な孔あき板と同程度。1.8mmの正⽅形の孔から⼊った⾳によって、40mmの経路の空気が前後に振動します。そして経路の内壁による摩擦で振動のエネルギーが奪われ、吸⾳効果をもたらすのです。
自宅に快適なスタジオ空間を作り、明瞭で伝わりやすい音を発信。
10〜15mmであれば通常の壁紙より少し厚い程度なので、気軽に自宅の壁の必要な部分に取り付けられるでしょう。部屋に間仕切りを置き、そこにこの吸音タイルを貼るだけでも、ある程度のノイズ除去効果を発揮してくれます。「室内の一角だけスタジオ空間を作りたい」という要望にも、応えることができるわけです。
孔の⼤きさや経路の⻑さ、経路を折りたたむ回数を変えれば、ある周波数の⾳を選択的に消すこともできます。通常、低周波の音を除去する場合、吸音材のサイズが大きくなりがちで一般家庭では難しいのですが、私の吸音材は低周波除去にも効果的で、しかも小サイズです。
形状も自在です。これらの吸音タイルはゼミ室内の3Dプリンタで学生などが試作しているものなので、組み込まれる場所に応じて細⻑くも丸くもできます。室内空間だけではありません。例えば空調ダクトでは特定の周波数が響いてうなりのようなノイズを作ってしまいますが、その周波数を狙って吸音タイルをダクトに貼れば、雑音を大幅に減らせるでしょう。
身近な空間からノイズを除去することは、快適な暮らしを実現する大事な要素。SDGsの一つ「住み続けられるまちづくりを」という目標にも合致するものです。孔の⼤きさや経路の⻑さ、経路を曲げる回数などを変えて組み合わせた場合、もたらされる効果がどう変わるか、まだまだ検証は必要。ですが、課題を着実に解決し、快適な環境づくりに貢献していこうと思います。