機械情報工学科
王 栄光
教員紹介
プロフィール
- 【専門分野】
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○機械材料
○表面改質
○腐食防食
○表面・界面工学
- 【担当科目】
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(学部)材料の基礎、機械材料、材料強度学、製図の基礎、機械工学実験 など
(大学院)機械材料学、ナノ構造制御学特論 など
- 【研究テーマ】
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1.原子間力顕微鏡を用いたナノレベル観察からの電気化学反応へのアプローチ
2.電析法を用いたナノ構造材料の創製と耐食性・耐摩耗性評価
3.ステンレス鋼の不動態皮膜と耐食性評価
4.異種材料接触によるガルバニック現象の測定・解析
5.ハイエントロピー合金皮膜の創製と機能性評価
- 【ひとこと】
未知への挑戦は、将来を開く。
研究紹介
王 栄光WANG Rongguang
工学部 機械情報工学科 教授
耐食性の高いステンレス鋼も、やっぱり錆びる。
“表面”の工夫で、金属はもっと強くなる。
PROLOGUE
ステンレス(正確には「ステンレス鋼」)は、私たちもよくお世話になっている⾦属の⼀つ。キッチンや家電製品にはステンレスが多く使われているし、電⾞や船などステンレスを使って造られる乗り物もたくさんあります。サビに強い、ということで様々な分野で利⽤されるステンレスですが、王先⽣によると「そうは⾔っても厳しい環境下でステンレスもサビる。まだまだ改善の余地がたくさんあります」とのこと。ステンレスなどの⾦属をもっと便利に使えるよう、王先⽣は研究中。着目しているのは、⾦属の“表⾯”です。
ナノレベルの皮膜が、ステンレス鋼の高い耐食性の源。
鉄(Fe)にクロム(Cr)とニッケル(Ni)を混ぜて作るステンレス鋼は、100年以上の歴史を持つ合金です。最もよく知られた特徴は「サビにくい」、すなわち耐食性の強さでしょう。鉄片を濃硝酸に入れても、全く腐食しません。ところが、鉄片の表面をひっかいて傷をつけると、傷の部分から激しく溶解し始めるのです。このことから、ステンレス鋼が腐食に強いのは、全体を薄い膜で覆われているため、というヒントが得られます。
ステンレス鋼表面の膜を不動態皮膜と言い、主な成分はクロムの(水)酸化物です。膜の厚さは約3.8nm(ナノメートル=10億分の1メートル)。それほど薄い膜が、鉄の何百倍もの耐食性を生み出しているのです。しかも不動態皮膜には、自己修復能力があります。実験で確かめたところ、ステンレス鋼の表面を引っかいても、1秒足らずで皮膜が再生されました。これも、耐食性を高める要因となっているのでしょう。
しかし、不動態皮膜の3.8nmという厚さは、超高真空の環境下で、高性能の電子顕微鏡を使って観察されたものです。サビに強いステンレス鋼は、様々な性質の水に触れるケースが頻繁にあります。そこで、水溶液中で皮膜はどうなっているのか調べようと、仲間の研究者と協力して測定システムを構築しました。
皮膜はpHによって変わる。塩化物イオンの影響も受ける。
水溶液中に試験片を置き、原子の凹凸がわかるほどの極小のプローブで表面をなぞります。そのプローブの動きをレーザでトレースし、軌跡を原子間力顕微鏡で測定する、というのが一連の流れです。すると皮膜の厚さは約4.9nmという結果が得られました。超高真空下より厚くなったのは、液中の水分子が吸着したせいでしょう。
溶液のpHをいろいろ変更し、その影響も観測してみました。するとpH2.8より値が高い、すなわちアルカリ性が強い場合、皮膜は厚くなる傾向にあるとわかりました。逆にpH2.7を下回ると、皮膜は失われました。また、溶液に塩化ナトリウムを加えると、皮膜は薄くなります。皮膜の僅かに孔が空いた箇所に、塩化物イオンが集まると、皮膜が自己修復できなくなってしまいます。ステンレス鋼にとって、塩化物イオンは本当に厄介です。
フッ素や超音波を使えば、皮膜をもっと強くできる。
皮膜を緻密に厚くすれば耐食性が高まることはわかっています。ではその皮膜を、人為的に強くすることはできるのか、という研究も行いました。
フッ素の入った溶液に布を浸した後、その布でステンレス鋼を包んで一定時間、電解処理します。そして、処理を施したステンレス鋼と何もしていないものを比較してみると、明らかに処理したステンレス鋼の耐食性が向上していたのです。フッ素の入った溶液で覆うことにより、金属表面にくっついた不純物・介在物が取り除かれました。それにより塩化物イオンなどの活動が抑制され、皮膜の安定性・緻密性が増したわけです。企業と協働したこの研究の成果で、2019年、私たちは日本金属学会の技術開発賞を受賞しました。
別の方法もあります。皮膜の孔の空いた箇所に、超音波をあてるのです。すると孔の中のイオンが撹拌され、外に追い出されます。その後は再び皮膜が生成され、強い耐食性が戻ります。これは貯湯タンクやパイプラインなどをメンテナンスする際、活用できるのではないかと思います。固定され密閉され、動かすのが難しい状況にあるステンレス鋼の修理は通常、大がかりになりがちなのですが、超音波をあてることは比較的容易に実行できますから。
金属の研究を深め、今後の技術発展につながるような素材開発に貢献したいですね。