"海のIoT化"への第一歩。海上観測で"波のビッグデータ"を取得~情報工学科
2019.11.20
このニュースは、クローズされました
広島湾を中心に様々な海域を巡る
情報工学科・濱崎ゼミの学生たち
江波沖から絵の島周辺へ、それから厳島の東側を巡る、1艇の小型クルーザー。
操縦するのは、本学情報学部・情報工学科の濱崎利彦先生。同乗するのは、濱崎ゼミの4年生3名。
彼らはマリンスポーツを楽しんでいるわけではありません。
釣り竿は持参していますが、もちろん釣りに興じているわけでもありません。
彼らが行っているのは、「海のIoT化」につながる実験なのです。
レンタルの小型クルーザーで江波沖から宮島へと出発する4人。各人の手には、実験に欠かせない器具が握られています。
船に乗り込む前に、持参した実験器具の再確認を行う学生たち。左から松本亜弓さん、河内洸貴さん、砂田朋輝さん。ともに情報工学科・濱崎ゼミの4年生です。
学生たちを率いるのは情報工学科の濱崎先生。自ら舵をとり、船をコントロールします。
IoTで牡蠣養殖を効率化―養殖業に不可欠なクロロフィル分布情報をリアルタイムでキャッチ―
さっそうと海に出た濱崎先生と、砂田朋輝さん、松本亜弓さん、河内洸貴さんの学生3人。彼らは海上で、一体何をやっているのか? 実は、波の高さや向き、周期などの観測を行っているのです。
彼らが船に持ち込んだ三角形の器具は「クローバーブイ」というもの。内部に加速度センサと、センサ制御と通信を行う気象観測用のデバイス(市販されているマイコンで独自に制作)、それにバッテリが搭載されています。加速度センサによって波の動きを感知し、測定データをインターネット上に設定したクラウドに送ります。そのデータを信号処理することで、波が観測できるのです。
それにしても、情報工学科のゼミが、なぜ波を対象に研究するのでしょう?
「広島では牡蠣いかだによる養殖が盛んです。養殖を効果的に行うには、養分となる"クロロフィル"がどこに分布しているか、という情報が欠かせません。
ところがクロロフィルは一定でなく、気象や波によって常に撹拌され、海中を移動します。このクロロフィル分布を、どうにかしてリアルタイムにつかみたい。そこで波のデータ取得が役に立つのではないかと考えたわけです」
海面のクロロフィル分布は、人工衛星からのリモートセンシングでも分かります。本学環境学部の地球環境学科では、分解能30mの画像情報のスペクトル分析により、精密なクロロフィル分布情報を獲得しています。ただし、衛星が観測スポットに到達するのは月2回程度。しかも対象海域の天候が悪ければ、うまく情報が取得できません。精密ではあるものの、「リアルタイム」なデータとは言えません。
そこで、情報工学科と地球環境学科が協働することに。人工衛星の"マクロの目"と、クローバーブイの"ミクロな目"の連携で、クロロフィル分布をリアルタイムに取得する研究をスタートさせました。
1辺30cmほどの三角形の器具は「クローバーブイ」。今回、海上で行う実験の主役です。中に加速度センサと通信用デバイス(市販されているマイコンで独自に制作)が搭載されています。
クローバーブイに不具合はないか。実験を開始する前も、船上で入念に確認します。
ブイを降ろし、風速を測り
通信状態を確認したら、観測開始
「よーし、このへんで観測してみよう」
エンジンを停めた先生の言葉を合図に、砂田さん、松本さん、河内さんの3人が、船上を動き回ります。
3人はクローバーブイに釣り糸をつけ、魚とり用の網を使って海面に浮かべます。ブイの浮上を確認した先生は、ボートをゆっくり、10mほど後退させます。
ブイをつないだ釣り竿をしっかり持つ松本さん。河内さんはその横で、風速計を手にして風速を観測。
「風は秒速1m以下。今日はあまりないですね」
と報告すると風速計を片付け、今度はスマホを高く掲げます。
ノートパソコンの前に座った砂田さんは、スマホのテザリングによってパソコンとラズベリーパイとの通信がOKになったのを確認。
彼の「スタート!」という声とともに観測が開始されました。
そのままで80秒間待機し、観測データ取得を確認すると、ブイを回収。次の観測ポイントに向いました。
クローバーブイを網に乗せ、静かに海面へと浮かべます。
そのまま船を後退させ、ブイと船の間隔を10mほど取ります。
風速計で風速を観測。この日の風速は、平均1m毎秒以下。ほとんど風がなく、波は穏やかでした。
用意が全て整ったら、パソコンでブイの中の通信用デバイスと交信。信号を送って、加速度センサによる観測をスタートさせます。
2番めの観測スポット、宮島沖で実験開始。
1回の観測は、80秒間継続して行います。80秒という長さは、うねりのような低くて長い周波数の波も確実に捉えるためです。
観測が終了すると、釣り竿のリールを巻いてブイを近づけ、最後は網ですくいます。内部の電子機器を壊さないよう、慎重に。
観測を終え帰港しようとしたところ、大型貨物船の航行を発見。大型船は通過時に大波を起こすため、風波とは異なる波形の観測データを取得できます。そこで急遽、観測を開始。
広域低消費電力無線システムを用いた
"海のIoT化"実現の第一歩になる
波向観測に使っているクローバーブイは、学生たちの手作りによるものです。
「波向観測装置は外洋を対象とするものが多く、長さ数mにもなる巨大さです。最近は小型ブイも出回っていますが、それでも1辺1m程度と手軽に扱えるサイズではなく、価格も約80万円。これでは高価すぎるし、瀬戸内海のような多島海域での観測に合いません。そこで、ブイを自作しようと。僕らはハードウェアの勉強もしているので、難しくはありませんでした」
と河内さんは説明。それを松本さんが補足します。
「丸形ではなく三角形を採用したのは、観測における三角形のブイの利点、例えば波形のスペクトル精度なども考察したかったからです。海のIoT化を本格的に進める場合、ブイにかかるコストとか観測の効率なども大事な要素になると思うので」
また砂田さんは、今後の期待を語りました。
「いずれはクロロフィル濃度を直接測定できるようなセンサを搭載したいですね。センサが高額なので現段階では難しいけど、観測の有用性が明らかになれば、システムの高度化も可能になるでしょう。そのためにも今、実験を重ねることが大事です」
現在はブイとボート間で無線によりデータ収集していますが、次の段階では、数km~数十kmという広範囲をカバーできる LPWA(広域低消費電力無線)システムを使用する予定です。通信ネットワークの実験を並行して進めており、瀬戸内海に面した学内の講義棟屋上に設置されたアンテナがデータをキャッチ。どんどんクラウド内に蓄積され、"波のビッグデータ"を形成しています。
「このビッグデータを様々に解析・応用して、養殖業を始めとする水産業の発展に活かす。まさに"海のIoT化"ですね。工場や都市部では、モノとインターネットの結びつきがどんどん進んでいますが、海・山といった環境では電力・通信の問題で、著しくIoT化が遅れています。しかしLPWAを利用すれば、海・山のIoT化も不可能ではありません。私たちの研究が、その第一歩になるでしょう」
濱崎先生は、そう断言します。
今後も、島影のある状況で電波はうまく伝搬されるか、など様々な実験を重ねていく予定です。
クローバーブイは学生の手作り。通信デバイスやバッテリーなどの電子機器を搭載するため、防水は特にしっかりやっておかないといけません。実験開始前、ビニールテープで継ぎ目を厳重にふさぎます。
松本さん、砂田さんが海に出るのは2回目。河内さんはなんと6回目。彼のスマホの移動記録を見てみると、広島湾を中心とする様々な海域を巡っていることがわかります。
3つの観測スポットで観測を重ねた後、海がすっかり凪の状態に入ってしまったため、本日の波向観測は終了。江波へと帰港しました。